べんさんとべんさんの物語

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zoom RSS ふのっちさん宅で集中講座

<<   作成日時 : 2018/12/21 18:47   >>

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一昨日、7時間ぐっすりと寝られて快調に車を運転、昨日は一度も眠くならなかった。400キロ完走。
18時にふのっちさん宅に到着。


それから6時間、たっぷりとふのっちさんのお父さん、あっぺさん、ふのっちさんのお連れ合いのお話を聞くことができました。べんさんタフ!
(お名前公表の確認を忘れました。ここではお名前を伏せておきます)


ふのっちさんのお父さんは20代から30代の10年間、捕鯨船の母船の航海士をしていた。その後、伊勢湾に入ってくる原油タンカーの誘導を30年していた。
その話が面白かった。
かつてから聞いていたような気がするのですが、捕鯨船団というのは1000人もの人が一緒に動いていたのですね。驚きました。

母船、キャッチャーボート、燃料補給船。
南氷洋を4ヶ月強捕鯨船に乗り、その後、帰国、北洋のサケマスの漁場に行くのだそうです。
港港で楽しいお話があるのかと思いましたが、港には1日か2日、すぐ出港になる。そんな話を聞きました。
楽しかった。

ふのっちのお父さんはまさに海の男です。
海で働くことに憧れたのだって。
私も海のそばに生まれたら確実に海の男になっていたと思う。
ロマンがある。

今はGPSがあるから航海も楽になったけど、昔はコンパスと星や太陽の位置で航海をした。
曇り空や嵐の時には感で走行する。
ロマンです。

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もっとたくさんの人に聞かせてあげたかった。
文にまとめてみます。


今日は、94歳の間瀬時江さんのお話を2時間お聞きしました。
戦時中、中島飛行機に勤めていた話。
今のスバル重工です。
間瀬さんは59歳から絵を学び、「昭和の絵手紙」という本を出版。
2015年3月にラジオ深夜便でも話され、市民目線の戦争体験として話題になっています。
ふのっちさんのお連れ合いが30年前にまとめられた知多半島の船員、重吉の3年間の遭難の記録を絵に描かれている。
1年半太平洋を漂流して、アメリカの船に助けられ、カムチャッカを経て3年後に日本に帰り着いたという物語

これが素晴らしい絵なのです。
本にして出版することをお願いしました。


94歳ですが、まだまだ元気です。
80歳くらいにしか見えません。
声もはっきりしていて、話もしっかりしている。
2時間、淀みなくお話になる。
次の仕事も考えているとおっしゃっていた。
べんさん、力をもらいました。
もしかしたら50周年があるかもしれない!(笑)

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昨日今日と、集中講座のようでした。
学んで、また頭が・・・。

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べんさん、40周年の年が明けましたね。どんな1年になるのでしょう?私も今からワクワクしています。

先日は来て下さり、ありがとうございました。べんさんが言うように、2日間の集中講義、頭から煙が出そうなほど濃い時間でしたが、楽しくてあっという間に過ぎていった気がします。

それも好奇心いっぱいで聴き上手なべんさん、なみきさんだからこそ、二人とも嬉しくて、たくさんお話したのだと思います。

1年のラジオ番組でも、きっと内容のギュッと詰まった、とびきりの時間が繰り広げられることでしょう。
楽しみに聴かせてもらいます♪♪

間瀬さんとの「平和コンサート」ぜひとも実現させたいですね。

本年もどうぞよろしくお願いします!

※帯広でのコンサート、雪道に気を付けて行ってらしてくださいね!


ふのっち
2019/01/02 13:13

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