祖父の生まれた街を歩く
顔はいいけど、頭が少し難点。
「べんさんは、自分のルーツを探しているのですね?」
Tさんに言われて、おどろいた。
わたくし母の供養のために長崎で母の親類筋を探しをしているつもりだった。
考えてみたら、自分探しなのでした。
驚いた、考えもしなかった。
顔はいいのだけど、頭が‥‥。
今日の天気予報、午前は良いが午後から荒れ模様と。
高島行きを断念。
帰りの船が欠航すると大変だ。
トラムに乗って街を散策。
祖父、福次郎が住んでいた、かつての磨屋町(とぎや)、桶屋町、大黒町を歩く。
10日ほど前に電話してあった諏訪小学校(元の磨屋小学校)の教頭先生に挨拶。
祖父が小学生の年代は残念ながら磨屋女児小学校だった。
昔の町名を復活させた「磨屋町通り」を歩く。
通りに明治期の写真の案内板。
木造の町屋が並んでいる。

眼鏡橋


近くの珈琲店で一休み。
そのマスターと会話。
この辺りの町屋は2階を貸部屋にしている家が多かったと。
祖父の本籍地は磨屋町が長かった。
きっとそんな暮らしをしていたのだろう。
明治20年頃は、長崎市内から船で高島鉱に通う人もいたとか。
正確なところは調べていないが、福次郎もその親、善吉も船で通っていたのかもしれない。
福次郎は明治15年、桶屋町で出生。
親も住んでいたはず。
その痕跡はない。
お寺さんを探すしかないが。
「昔は、親が鉱夫だと子どもも鉱夫という事例が多いですね」
喫茶店で。
きっと福次郎の親も高島鉱で働いていたに違いない。
「長崎の歴史を調べている会があります。そぐそこの角です。尋ねたら?」
「三菱の資料館があるのでそこでも何かわかるかもしれません」
喫茶店のマスター。
ただねえ、長崎の人は大雑把。
ホテルで建物を聞いても「前の道路を渡ってすぐ右にあります」
いくら探してもない。
道路を渡って300メートルも先だった。
喫茶店のマスターも、そのすぐ角にありますよ、が、どこを探してもない。
埼玉なら、詳しく教えてくれるだろうけど。
地域によって感覚が違う。
疲れるけど、それも文化なので楽しんだ方がいい。
福次郎の叔母が島原に嫁いで7年後に離婚、子どもを連れて桶屋町の実家に戻ってきている。
その時点で福次郎は実家を出て磨屋町に越している。
それから北海道でサカと一緒になるまで20年の記録がない。
想像して小説を書こうかしら。
べんさんは、よく外国人に間違えられた。
スナックでホステスさんには「ロシアとのクウォーターなんだ」とからかっていた。
叔母さんは、ギリシャの彫刻のような顔つきだった。
実際、ギリシャにはおばさんに似た人がいた。
彫りが深くて顔が大きい。
先祖は長崎。
もしかしたら?とも思ったけど。
でも、きっとそんな血が入っていると思うのだ。
午後は雨と風。
ホテルで取材をまとめている。
もう一度来てみたいなあ。
高島に行ってみたいし、三菱の歴史も知りたい。
明治20年前後の長崎市内の地図も探したい。
歴史を研究している人の話を聞きたい。
当時、高島鉱で働いていた人の手記も探したい。
お寺さんでも話を聞きたい。
この3日間、楽しかった。
興信所に勤めようかしらねえ。
明日は天草に行く。
「べんさんは、自分のルーツを探しているのですね?」
Tさんに言われて、おどろいた。
わたくし母の供養のために長崎で母の親類筋を探しをしているつもりだった。
考えてみたら、自分探しなのでした。
驚いた、考えもしなかった。
顔はいいのだけど、頭が‥‥。
今日の天気予報、午前は良いが午後から荒れ模様と。
高島行きを断念。
帰りの船が欠航すると大変だ。
トラムに乗って街を散策。
祖父、福次郎が住んでいた、かつての磨屋町(とぎや)、桶屋町、大黒町を歩く。
10日ほど前に電話してあった諏訪小学校(元の磨屋小学校)の教頭先生に挨拶。
祖父が小学生の年代は残念ながら磨屋女児小学校だった。
昔の町名を復活させた「磨屋町通り」を歩く。
通りに明治期の写真の案内板。
木造の町屋が並んでいる。
眼鏡橋
近くの珈琲店で一休み。
そのマスターと会話。
この辺りの町屋は2階を貸部屋にしている家が多かったと。
祖父の本籍地は磨屋町が長かった。
きっとそんな暮らしをしていたのだろう。
明治20年頃は、長崎市内から船で高島鉱に通う人もいたとか。
正確なところは調べていないが、福次郎もその親、善吉も船で通っていたのかもしれない。
福次郎は明治15年、桶屋町で出生。
親も住んでいたはず。
その痕跡はない。
お寺さんを探すしかないが。
「昔は、親が鉱夫だと子どもも鉱夫という事例が多いですね」
喫茶店で。
きっと福次郎の親も高島鉱で働いていたに違いない。
「長崎の歴史を調べている会があります。そぐそこの角です。尋ねたら?」
「三菱の資料館があるのでそこでも何かわかるかもしれません」
喫茶店のマスター。
ただねえ、長崎の人は大雑把。
ホテルで建物を聞いても「前の道路を渡ってすぐ右にあります」
いくら探してもない。
道路を渡って300メートルも先だった。
喫茶店のマスターも、そのすぐ角にありますよ、が、どこを探してもない。
埼玉なら、詳しく教えてくれるだろうけど。
地域によって感覚が違う。
疲れるけど、それも文化なので楽しんだ方がいい。
福次郎の叔母が島原に嫁いで7年後に離婚、子どもを連れて桶屋町の実家に戻ってきている。
その時点で福次郎は実家を出て磨屋町に越している。
それから北海道でサカと一緒になるまで20年の記録がない。
想像して小説を書こうかしら。
べんさんは、よく外国人に間違えられた。
スナックでホステスさんには「ロシアとのクウォーターなんだ」とからかっていた。
叔母さんは、ギリシャの彫刻のような顔つきだった。
実際、ギリシャにはおばさんに似た人がいた。
彫りが深くて顔が大きい。
先祖は長崎。
もしかしたら?とも思ったけど。
でも、きっとそんな血が入っていると思うのだ。
午後は雨と風。
ホテルで取材をまとめている。
もう一度来てみたいなあ。
高島に行ってみたいし、三菱の歴史も知りたい。
明治20年前後の長崎市内の地図も探したい。
歴史を研究している人の話を聞きたい。
当時、高島鉱で働いていた人の手記も探したい。
お寺さんでも話を聞きたい。
この3日間、楽しかった。
興信所に勤めようかしらねえ。
明日は天草に行く。
この記事へのコメント
長崎はさすがに外国の香りもする。
べんさんの祖先にギリシア人がいても不思議ではない。