子どもの歌を歌う

とっくん、そんな言葉をどこかで聞いたことがあった。
「ジャンルはなんですか?」
「好きな音楽はなんですか?」
「いつもどんな歌を聴いてますか?」

「たかはしべんです」
これから、使おうっと!


「ロックミュージック進化論」
興味深い。
黒人のブルースがポップスに変化していく様。
一番大きいのは、楽しむための音楽だったものが、ポップスになることによって巨大なマーケットに組み込まれたことだろうね。
大衆の支持を浴びることによって、巨額のお金が動く。
古くて申し訳ないけど「ピンクレディ」は宣伝のために1億円使い、2億円を売り上げた、とか。

考えてみれば、恐ろしい商業主義だけど、これは必然でもあった。
20世紀はそんな時代だったし、それは今も続いている。
ブルースからロックンロール、ハードロック、サイケデリック、パンクロック、レゲエ、ラップ、テクノポップ、まだまだありそう。


ここで一つの疑問が解けた。
「べんさんは、どうして子どもの音楽に進んだか?」
それは、人と競争して、自分を見失いたくなかったからだ。
戦争は競争から生まれる、と思っている。

自分の内面を見つめたとき、自分の子どもに対する思い、そして子どもの音楽ならどう考えても、サイケデリックやヘビメタにはならないだろうと感じたのだな。
一時期としてロックが子守唄になるかもしれないが、子守唄は寝るため、あやすための歌。どんな時代でもロックでは子どもは寝てはくれないだろう。

子どもの音楽には、お芝居もそうだけど、生きる原点がある。
流行りすたりで消耗する文化、使い捨ての文化ではなく、根源的な文化に関わりたかった。それがわたくしの目指す道だった。

というのは、この本を読んで、そして数多くの児童書を読んで、今朝、気がついたことだ。
もっと早くに認識していたら、違った仕事ができたのかもしれない。
これも、言いにくいが「コロナ禍」のおかげ。
たくさんの本が読めたから。
文化は商業主義を経験して、どこへいくのか?

身近に新しい兆候がある。
沖縄のミュージシャンは地元から出ない人たちが多い。
これは何を示唆しているのだろう?
商業主義の限界が見えているのだろうか?
どなたかに聞いてみたい。


岡谷子ども劇場のみなさんに会える公演が延び延びになっている。
みなさんが心待ちにしてくれている。
うれしいな!
べんさんの絵を描いたりして。
これは、子どもの世界でしかえられない体験だろうな。

IMG_5975.JPG

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この記事へのコメント

とっくん
2020年09月23日 14:47
べんさん、ブルースからポップスの商業化の話、オリンピックの商業化と相通じますね。
それにしても、べんさんの筆力は凄い。読んだこと、経験したことを文章にするのが本当に上手い。まるで、僕も読んだかのような感覚になります。