ヒロシマ・ナガサキの願いを世界に!

今しがた、喜多方から帰ってきました。
高速料金、話題の1000円です。
が、リスクもあります。
道路が混むから、時間の制約のある、コンサートでの、当日会場入りは、かなり危険です。
帰るだけなら、OKだけどね。
喜多方でのコンサート、今年は人数が少なかった。28人くらい。
だから、ほとんど知った人。
子どもは2人。
パンフレットの説明を間違えた。
どう見ても、大人のコンサートに思える。
子どものプログラムを用意していたけど、急遽、大人のプログラムに変更。
臨機応変にできるコンサートがいいのか、悪いのか。
ピアノの井口史郎さん、すぐついてきてくれます。ありがたい。

「べんさんのコンサートは、CDがたくさん売れるのですね」
ボランティアで、手伝ってくれた男性。
そうだよね、20人のお客さんで、5~6枚のCDが売れたから、びっくりするね。

夜のコンサートは動員が難しいそうです。
「午前中だったら良かったのに」と。

宮城のMさん。会津若松のHさん、10月にお世話になる新潟の劇場の人たち。
毎年、喜多方21世紀シアターでぼくの歌を聴くのを楽しみにしてくれています。
やっぱり、毎年、来なくてはいけないね。

喜多方21世紀シアター。
少ない予算で(多分)10年間やり続けてきました。
もっと、社会的に評価されてもいいのに、と思います。
地道な活動こそ、みんなに評価されなければいけません。
喜多方は、小学校、中学校、高校でボランティアを募り、4日間、黄色いスタッフTシャツの若者が、市内を動き回ります。
これらの若者たちが、目には見えないけど、すぐに成果は出ないけど、確実に喜多方の町の将来の担い手となります。
小さな仕事に見えるかもしれないけど、子どもたちが必ず成長しているのです。
大人は、小さくて大きな心の成長を喜んであげられる、大きな人にならなくてはね。
自分への、日々、反省の言葉です。
「褒め言葉のシャワー」です。
ほめるのも、自分に余裕がなければできないよね。小さな成長を見つけられる目かな?

帰りの車の中で、ラジオ深夜便を聴きながら。
今日はテレビと同時に「ヒロシマ・ナガサキ」の被爆体験の手紙の特集でした。聴いていられないほど、悲惨な手記でした。
被爆体験を語りたくない人も、声を出し始めました。
被爆体験者の平均年齢が76歳とか。
戦争の惨さを伝えなければという、使命感が。
出演していた、井上ひさしさんの言葉が、重かったです。
そして、視聴者からの、若者の言葉も、心を打ちました。

喜多方のコンサートで「人を殺してはいけない、殺されてもいけない」とイマジンを歌いました。
ちょうど、平和の話をしてきたのでした。
「平和のためには、戦争も仕方がない」
そんな時代になっているような気がするのです。
どんな事があっても、戦争はしてはいけないのです。
世界の人たちに、ヒロシマ・ナガサキの声を。

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この記事へのコメント

fumi
2009年08月09日 07:20
「平和のための戦争」なんて詭弁です。
「侵略のための戦争」「国益のための戦争」と言って戦争をした国はありません。
どの国も「平和のための戦争」「防衛のための戦争」と言って殺しあいました。
ましてや「戦争を早く終わらせるために」と原爆を落とし民間人ばかり大量殺人した行為は弁解の余地などありえません。
憲法9条を否定する人たちは「9条は理想論で非現実的だ」と口にします。
百歩譲って「非現実的」であったとしても「理想」と「現実」があればふつう「現実」を「理想」に近づけようとするのが政治ではないでしょうか?
子どもに「理想はすて現実を大切にしなさい」と伝えるのが正しいでしょうか?
宗教が母体の政党が9条「改正」を訴えていますが、宗教家が理想を捨てて何を追い求めるのでしょう?


fumi
2009年08月09日 07:36
熱くなり舌足らずでした。
原爆投下は「戦争を早く終わらせるために」されたものではありません。
それは「口実」で、来るべき「米ソ冷戦」のために準備をしなければならなかったのが本音です。

「非現実的」は「百歩」譲ったのでは無く「千歩」「万歩」「億歩」です。

理想を追い求めなければならないは「宗教家」だけではなく「人類すべて」だと思います。

ジョンレノンが「イマジン」で訴えた様に「妄想家」とバカにされても「理想」「平和」を求め続けたいと思ってます。
耕生
2009年08月09日 09:54
耕生です。

ジョン・レノンの「Imagine」の全歌詞です。
(実はあまり真面目に読んだことがなかったのです)

Imagine there's no heaven
it's easy if you try
no hell below us
above up only sky
imagine all the people
living for today...

Imagine there's no countries
it isn't hard to do
nothing to kill or die for
no religion too
imagine life in peace...

Imagine no possessions
I wonder if you can
no need for greed or hunger
a brotherhood of man
Imagine all the people
sharing all the world...

you may say I'm a dreamer
but I'm not the only one
I hope someday you'll join us
and the world will be as one

Wikipediaで調べてみると、オノヨウコさんの詩集「Grapefruite」から一部拝借しているとか、米国では「no religion too」の箇所が嫌われて削除されているとか、いろいろあるようです。
(続く)
耕生
2009年08月09日 09:56
詩そのものは単純明快でわかりにくいところはありません。そしてその内容もまた然りです。音楽史上に残る名曲のひとつだと思います。

しかし、私はなぜか熱狂しません。なぜか?

彼をDreamerだとは決して思いません。これまでもたくさんの人が同じ事を訴えてきています。もっと悲惨な状況の中でも人間存在への信頼を高く掲げてきた人がたくさんいます。

例えば、日本の親鸞聖人。「善人なおもて往生をとぐ いわんや悪人をや」(善人でさえ成仏することができる。ましてや悪人が成仏しないことがあろうか。普通の人生観とは正反対の教えです)で有名な歎異抄の著者です。

また、キリスト教中興の祖といわれるアッシジのフランチェスコ(西洋の宮沢賢治みたいな人です)には「Laudes Ceaturarum 被造物への讃歌(=太陽の歌)」という神への讃歌があります。

主よ、あなたがこの世にお創りになった
すべてのものとともに、ほめたたえられよ。
(中略)
主よ、ほめたたえれよ、
あなたの愛の名のもとに、人を許す事のできる者、そして病と苦痛を堪え忍ぶ者のために。
(中略)
主よ、ほめたたえられよ、
私たちの姉妹である肉体の死のために。
生きる者は誰も、彼女から逃れることはできな。悲しいかな、大罪を犯して亡くなる者達よ。
幸いかな、神の御心のままに生きた者達よ、
なぜなら第二の死は、
彼らに何の苦しみをも与えはしない
(後略)

引用が長くなってしまいました。「太陽の歌」全文、また「平和の祈り」などは次のサイトを参照下さい。

http://www.aritearu.com/Influence/Francis/Francisword/Francisword.htm#1

(さらに続く)
耕生
2009年08月09日 09:57
聖フランチェスコの「平和を願う祈り」は次のような詩です。

神よ、私をあなたの平和の使いにしてください。
憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように    
いさかいのあるところに、赦しを
分裂のあるところに、一致を
迷いのあるところに、信仰を
誤りのあるところに、真理を
絶望のあるところに、希望を
悲しみのあるところに、よろこびを
闇のあるところに、光を
もたらすことができますように、
助け、導いてください。

神よ、わたしに
慰められることよりも、慰めることを
理解されることよりも、理解することを
愛されることよりも、愛することを
望ませてください。

自分を捨てて初めて 自分を見出し
赦してこそゆるされ
死ぬことによってのみ
永遠の生命によみがえることを
深く悟らせてください。

ジョン・レノンのイマジンよりは、やはりこちらの方が格段に名詩です。私はこの詩には深い感激を覚えます。

べんさん、この詩に曲を付けて歌ってみる気はありませんか?こん身の力をこめてライフワークにしてみませんか?それだけの価値のある詩だと思います。

さて、これから我が町のボランティアフェスティバルデーとかで、「介護と人生」の講演を聴き、模擬店で買い食いをしてきます。
とっくん
2009年08月10日 15:35
僕も「理想に現実を近付ける」という意見に賛成です。


戦争ではなく対話で世界平和を実現する。


たんなる理想に済ませる問題ではありません。
これをいかに実現するのかと言うことを、真剣に考えなくてはなりません。


平和のための戦争なんてありません。

平和のために、戦争を無くすのです。

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