日本人のルーツ
海外を一ヶ月くらい旅をして日本に帰ると、日本人の顔が、実に多様なのに驚いたことがある。日本にいては気がつかなかった。ぼくはよく外国人に間違えられた。少し彫りが深くて、頭が大きい。日本で街頭でギターを弾いていると、子どもたちが寄ってきて「お前何人だ!」とからかわれるし、佐賀県ではフィリピンの女性に同胞に間違えられ、ギリシャでサングラスをかけて道を歩いていたら、ギリシャのおばさんから道を聞かれ、日本からアメリカへの飛行機の中では、女性乗務員(スチュワーデスとはいわないのだね)が、ぼくが日本人のグループの中にいるのに、それまで日本語で話をしていたのが、ぼくには英語で話しかける。周りの友人たちにげらげらと笑われた。数え上げたらきりがない。それほどぼくは日本人離れした顔をしているらしい。ギリシャには、ぼくの顔でもかなわない大きな顔の人がいて、ぼくはほっとする。日本人のルーツを考えた。日本人は、単一民族なんて言っているけど(他の民族の人もいるのに)顔を見ると、みんなどこかの国にそっくりな人がいる。海に囲まれた日本、孤立しているように思えるが海で他の大陸とつながっていた。縄文の時代に、貝紫での染めの技術は、環太平洋の様々な国に広まっていたときいた。海で世界は交流していた。そう考えると、歴史の見方が変わってくる。そこから、国家や国境の枠をのりこえて、平和を築けないかと思う。エチオピアのユダヤ人は二千年近く、約束の地に帰ることを夢見ていたと言うから、民族の話は簡単にすまないだろうけど。今朝「ラジオ深夜便」のこころの時代で、イスラム教とキリスト教、仏教の相互理解について話していたので、ついそんな話になった。明朝の「ラジオ深夜便」オートバイのアフリカ大陸横断の話だと言う。ぼくのあこがれのアフリカ大陸横断だ。聞こっと!起きられるかな?
らくだママさんありがとう。いまやエコの時代。ものを大切にすることを子どもたちに伝えなくては。でも、買った方が安かったりするからね。困るね。
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